ボヤき3978節
24/07/05 05:01
やる気はなくても仕事は出来る。
喩えば、やる気がある未経験のヤツ(無能なヤツ)とやる気がないワシが居ったとして、同時に同じ仕事をさせても、やる気があれへんワシの方が結果仕事もはよ終わるし、質のエエ仕事をする。
そう云う観点で云うと、やる気は仕事には要らんって成るし、別モノと考える訳。
やる気が必要とされる場面って、あくまでも仕事が出来ひん、右も左も判らん様な取り柄のないヤツ等が最期の砦、切り札として必要、提示する部分がやる気やと想うてる訳や。
経験や知識、場数を踏んでるヤツはやる気なくても仕事は出来るし、クオリティーは出せる。
それと同じ様に、仕事を実行するのと愛想は関係ない。
が、この国では未だに愛想と仕事は同居すべき関連性があるモンやと想うヤツ等が残念な程溢れてて…
営業職でも接客業でもサーヴィス業でもない職に対しても愛想は必須条件みたいに絡めて考える、無知なIQ低き人間が多い。
先日も愛想のない対応やと元請けのボンクラ社員(不定期で現場に来るヤツ)からクレームがあり…
親会社の職長からワシに報告が入った。
しょうもない指摘に対して、一応そいつの云う事を聴いたにも関わらず、愛想がないと云う主観的な理由だけでクレームに発展。
ワシの観た眼も悪いっちゅう、偏見も相俟って一方的に悪者扱い。
喩えばこれが、ワシが何か云い返したとか、その元請けのボンクラ社員に反抗的な態度を取ったとかで、クレームなら話しは判るんやが…
云う事を聴いたのに、愛想がないっちゅう理由だけで一方的に悪者扱いされる?
何やねん、愛想って。
仕事よりも上廻る、プライオリティー高いモンなんけ?
コイツごときの御機嫌を取る方が仕事の中身よりも重要やっちゅう、根本がワシには腐って観えるし、愛想最優先みたいな腐った理論が未だ蔓延るこの社会そのモノに愛想が尽きるわ。
愛想と仕事の能力は別モノやし、混同してエエモンでもない。
職人たるモノ、愛想で仕事はせぇへんし、媚び売る生き方はせぇへんのが、職人やとワシは想うてる。
特別大事には成らへんかったが、一方的な主観でのクレーム自体、ワシには納得が行ってへん。
じゃあ、仕事は出来ひんくても、上(元請けや親会社)の云う事を愛想よう聴くイエスマン(操り人形)が善しとされる、派遣人材会社の考え方と変わらんやないか。
いやいや、ワシはそんなヤツ等ともそんな会社とも次元がちゃうねん、仕事のスキルも仕事への考え方も。
職人舐めんな!と。
ワシは自分を安く売るつもりもなければ、魂を簡単に売るつもりもない。
仕事に必要なんはスキルであって愛想ではない。
若し愛想が仕事のスキルに含まれるっちゅうんやったら、それは営業職か接客業、サーヴィス業やろう。
建設業界のプライオリティーとして、愛想が営業職や接客業、サーヴィス業の様に優先度の高いモノとして存在する事自体がナンセンス。
指摘に対して従うた挙げ句、このいちゃモンは納得出来ひんなぁ〜?
それを罷り通らせたら、全てが云うたモン勝ちに成ってまうやんけ。
この理不尽さに只々苛付くだけやわ〜
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